2009年11月24日

障がいのある子どもを育てる前向きな理解を求めるか、それとも?

 障がいのある子どもが街中に外出することは、案外少ないと思いませんか。例えば、公共交通機関を使うことが当たり前な都市部では、不特定多数の人と接することになります。しかし、地方都市になると車社会になるために人と接する機会や接点は極端に少なくなります。自宅からショッピングセンターまで、車で行ってしまえば、他人の目に触れることがありません。良いことなのか・・・悪いことなのか・・・。
 数年前、「障がいを抱えています。練習中」というワッペンを東京の親御さん達が作りました。私も購入して、香川に来てから関わってきた親たちによく勧めたものでした。でも親によっては、たかがワッペン、されどワッペンだけど着けられない親もいました。やっぱり社会の視線が厳しいのだと思います。
 私自身、過去に関わっていたある子どもの外出活動の指導をしていたときに、嫌な体験をしたことがあります。もし、この子どもが障がいがあるということを、この大人が理解してくれたなら、きっと違った対応をしてくれたんだろうに・・・そんな悔しい思いをしたことがあります。だから、この子は障がいがあります!理解してください!、という積極的な社会への働きかけもアリだとずうっと、感じていたのです。このワッペンは、いまは、「愛のワッペン」というように形を変えています。
 さて、障がいのある子どもが社会との接点を増やしていくためには、外出先で子どもの存在を理解してくれる人を増やすことが一番の近道です。そのためには、子どもを知ってもらうことで対応してもらう・・・それは子どもに小さな成功を積み重ねるチャンスを生みだします。今日は、ワッペンを取り上げましたが、これも一つの方法としてアリだという点を理解をしてもらえばと思っています。外出先では、心ない言葉やしつけの問題にされたり、残念ながらそんなことを言う方も社会の中にはいます。でも、私は、障がいのある子どもや人々が、街中に出て歩くことが当たり前にできる社会にしていくことにこだわりたいと思っています。
 例えば、ワッペンを着けて社会へ積極的に働きかける方法を採用する・採用しないは、家庭が社会に対して何を求めるのかによって違うでしょうし、その方法も違ってくるんだと思います。必要と考える人もいれば、必要ではないと考える人もいる。それでいいのだと思います。
 大切なことは、我が子がどんな社会の中で生きていって欲しいのか、その考えがしっかりとあれば良いのだと思います。そのようなかで、例えば地域生活を送ることが不可欠であるとすれば、地域社会の中で生活体験を積み重ねさせる機会を作ることが必要ということになります。 
 障がいのある人々自身を変えることだけに力を注ぐのではなく、その障がいを抱えながら生きることを受け入れられる社会づくりも大切な取り組みです。これは、障がいのある子どもや人々だけの問題ではありません。高齢者の福祉だって同じです。
 社会が個人(様々な事情を抱える人々)に歩み寄ることによって社会の中に存在するバリアーを取り払うことができる、そこに、新たな取り組みの視点が隠されていると考えています。
 
posted by 野崎晃広 at 18:57| 香川 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 障がいのある子どもを育てる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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